労働者協同組合法案についての声明

2020/3/30

労働者協同組合法案についての声明

2020年3月30日
日本労働弁護団
幹事長 水野英樹

「労働者協同組合法案」(以下「法案」という。)が、議員立法として今年の通常国会に提出される動きがある。組合員が協同組合に出資をし、自らも事業に従事し、事業の運営に意見を反映させうるという協同組合を認め、「多様な就労の機会を創出することを促進するとともに、当該組織を通じて地域における多様な需要に応じた事業が行われることを促進し、もって持続可能で活力ある地域社会の実現に資する」(1条)という目的の法律が制定されることには積極的な意義がある。

しかし、法案は、協同組合で働く組合員が労働者として必要十分な保護が受けられない余地を残す点で問題を有する。協同組合で働く者が、いわゆるワーキングプアとなって困窮することがあってはならない。

そのような観点から、法案を修正すべき点について指摘する。

1 労働契約を締結して事業に従事する組合員が、労働者として保護が受けられなくなる事態を避ける必要がある

法案においては、組合の要件の1つとして「第二十条第一項の規定に基づき、組合員との間で労働契約を締結すること。」(3条2項2号)とされ、第20条1項では、組合は、組合の業務を執行する組合員、理事の職務のみを行う組合員及び監事である組合員以外の「業務に従事する組合員…との間で、労働契約を締結しなければならない」と定められている。法案としては、組合員として組合の事業に従事する場合には、理事長、理事のみの職務を行う理事及び監事以外の組合員は、労働契約を締結して、労働者として従事することが念頭に置かれているものと思われる。

他方、第1条において、協同組合を「組合員が出資し、それぞれの意見を反映して事業を行い、及び自らが事業に従事することを基本原理とする組織」と規定している。それぞれの意見を反映して「事業を行う」ものは、この条文からすれば、主語である「組合員」ということになる。

もし、「組合員が事業を行う」のであれば、組合員について、裁判所が、労働基準法や労働契約法等の労働諸法規の適用を受ける「労働者」として認めるか疑問である。

労働基準法は、「労働者」とは、職業の種類を問わず、事業又は事務所に使用される者で、賃金を支払われる者をいう。」(9条)と定めており、これに該当するか否かは、指揮監督関係が認められるか否かを中心に、「実態」から判断されることとなる。

そして、ワーカーズ・コレクティブの事案において、労働基準法が適用される「労働者」には該当しないと判断した裁判例がある。

平成30年9月25日東京地方裁判所立川支部判決(企業組合ワーカーズ・コレクティブ轍・東村山事件:最高裁の上告不受理決定で確定)は、「メンバーの全員が、同等の立場で、多数決により被告の運営に実質的に関与しており、その組合員は、主体的に出資し、運営し、働き、共同で事業を行っていたものといえるから、原告は組合員として事業者性が肯定され、その労働を他人の指揮監督下の労働とみるのは困難である」と判断した。

この判断枠組みからすると、組合員が事業をも行っている場合には、労働基準法等の適用となる「労働者」とは評価されず、労働者としての保護を受けることはできないということになる。

労働契約を締結して組合の事業に従事する組合員を労働者としての保護を受けうるようにするためには、組合員が組合の運営に参加するのではなく、組合の運営に組合員の意見を反映させるにとどめることが求められると考える。

第1条の「それぞれの意見を反映して事業を行い」の文言は、組合員が組合の運営に参加するとの誤解を生じさせうるものであるから、「事業にはそれぞれの意見を反映し」などと修正する必要があると考える。すなわち、第1条を「組合員が出資し、事業にはそれぞれの意見を反映し、及び自らが事業に従事することを基本原理とする組織」とすべきである。

2 労働法規遵守の明記が必要

組合員との間で労働契約を締結し、それに基づいて組合の事業に従事させることとしても、その労働法規を遵守しないのでは労働者としての保護が実現できない。組合員が出資者でもあり、事業の運営に意見を反映させうる立場にあることを踏まえると、事業の運営を優先するあまり、労働法規を遵守しないこととなる危険性は少なくない。また公共事業などの入札において、組合の事業に従事する組合員への賃金額を低額に設定することによって、入札価格を下げることが考えられ、そのようなこととなると民間業者も落札を目指すために雇用する労働者の賃金を低額と設定せざるを得なくなり、賃金相場を引き下げる要因となる。

労働者協同組合が、労働者としての権利を尊重した上で事業を展開していくというのであれば、せめてその旨を理念として定めておくことが適切である。

例えば、第1条の目的を定める規定に2項を置き、「労働基準法、最低賃金法、労働組合法等の労働法規を遵守するとともに、公正な競争を阻害する活動は行わない」旨を明記することが求められる。

3 役員の人数制限は不十分

理事長、理事、監事は、役員として労働契約を締結することなく、組合の事業に従事することが認められる。

ところで、法案では役員の人数について、「組合との間で労働契約を締結する組合員が総組合員の議決権の過半数を保有すること。」(3条2項4号)を組合の要件として定め、半数マイナス1名まで役員として選任することを許容している。

総組合員数が十数名程度の小規模の組合であれば支障は考えにくいが、2000人以上の規模の組合ができることも想定されており(71条3号)、そのような大規模の組合では、例えば1000名の組合では、半数マイナス1名である499名もの役員を選任することができ、その者らが労働契約に基づかずに組合の事業に従事することができることとなってしまう。それらの者には労働法は適用されず、保護を受けないこととなるから、このようなことが生じないようにする必要がある。

したがって、役員の数について、例えば10人以内とか総組合員の1割以内などの人数制限が必要である。

4 剰余金を濫用することへの規制が必要

剰余金の法的性格は、現在の法案の規定では配当所得になると思われる。そうすると、賃金としての性格を失い、社会保険料や年金等の計算に際して計算の基礎に含まれないこととなる。また労働基準法の保護も受けないこととなる。しかし、その経済的な性格は、賃金(組合員が組合の事業に従事した対価)である。

したがって、賃金を低額に抑えて剰余金で配分するのではなく、賃金額を適切な金額に設定して出来る限り賃金として支払い、剰余金による配分を限りなく少なくするよう規制することが求められる。

そのような規制がなされないのであれば、剰余金の配分について、賃金として取扱いがなされることが求められる。