公立学校教員への1年単位の変形労働時間制導入に反対する緊急声明

2019/11/7

公立学校教員への1年単位の変形労働時間制導入に反対する緊急声明

2019年11月7日
日本労働弁護団
幹事長 棗 一郎

 政府は2019年10月18日、公立学校の教員に1年単位の変形労働時間制(以下、「本制度」)を適用できるようにすることを含む「公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法」(給特法)の改正案を閣議決定し、本臨時国会での審議・成立を予定している。

教員の深刻な長時間労働は周知のとおりであるが、本改正案は夏休み等の長期休業期間において、「学校における働き方改革を推進するための総合的な方策の一環として」「夏休み中の休日のまとめ取りのように集中して休日を確保すること等が可能となるよう」にすることが目的であるという(法律案概要)。これによれば、授業期間を繁忙期として所定労働時間を増やし、長期休業期間を閑散期として所定労働時間を減らすことが可能となる。

 しかし、本制度は、現在も多くの職場で労働時間規制を緩和して残業代を削減しようとする使用者の手法として利用されているものであり、総量としての労働時間を削減する効果などない。

そもそも公立学校の教員については、給特法において給料月額4%に相当する教職調整額を支給する(同法3条1項)代わりに、時間外勤務手当及び休日勤務手当は支給しないとされており(同法3条2項)、いわゆる超勤4項目(①校外実習等、②学校行事、③職員会議、④非常災害等)を除いては時間外労働を命じることはできない建前になっている(同法6条)。しかし、現実には部活動指導等にみられる恒常的な時間外労働が常態化しているにもかかわらず、これらは教員の「自発性」による業務遂行であるとして「労働」と取り扱われていない。これが、使用者による労働時間管理の意識を鈍磨させ、教員に過大な業務を命じることにつながり、長時間労働が蔓延する元凶となっているのである。

1年単位の変形労働時間制を新たに導入し繁忙期における所定労働時間を増やした場合、労働時間そのものは減らないものの、「時間外労働」とされる部分は減少することになる。しかし、これでは違法な現状の一部を追認するだけであり、政府が本来やるべきことは、給特法及びそれに基づく現状の抜本的な見直しと改善である。

また、そもそも本制度は、本来は恒常的な時間外労働がない事業所で適用されることを前提とした制度である(平6.1.4基発1号「労働基準法の一部改正の施行について」)。教員は夏季休暇中においても研修や部活動等に忙しく、時間外労働が生じているという調査結果もあるところ、かかる教員に本制度を導入することは本制度の趣旨に反するものである。仮に繁閑期を区別することができるとしても、繁忙期の長時間労働がなくなるわけではなく、むしろ繁忙期である授業期間の所定労働時間が増えることでこれまでよりも授業期間の労働時間が増大することは確実である。閑散期に休むことができれば繁忙期にいくら働いても良いというものではない。本制度導入により、過労死等のリスクは一層高まるものといえる。

 他方、現在の法制度においても、条例に基づいて週休日の振替の期間を長期休業期間にかからしめたり、一定期間の学校閉庁日を設定するなどして休日のまとめ取りをすることは可能であり、そのように取り組んでいる自治体も多数存在し、文科省もこれを推進している(令1.6.28元文科初第393号)。したがって、上記立法目的との関係では本制度の導入は不要である。

4 そもそも、労基法上の1年単位の変形労働時間制は、労働時間規制を大きく緩和するものであり労働者に与える影響が大きいため、当事者である労働者の意見を反映させるべく過半数代表者等との労使協定の締結を要件としている。しかし、本改正案では労使協定ではなく条例により定めることとなっており、労働者である教員の意向にかかわらず一方的に所定労働時間を割り振りすることが可能となる。労働条件の最低基準を定める労基法が労働者の健康を確保するために労働時間を規制していること、及び前述した労使協定を要件としている趣旨に鑑みれば、労使協定を要件としない本制度の導入は労基法に反するものであり、絶対に認めてはならない。このような労基法の規制を緩和した制度導入を許すことは、労働時間規制全体にとっても大きな後退となり、今後他の公務労働者・民間労働者に波及するおそれもある。

 本制度導入の方針が示された中央教育審議会の答申(平成31年1月25日)に至るまでの本制度に関する議論は全く不十分なものであった。かかる拙速な方法で上記のとおり弊害だらけの本制度を導入することによって真の教員の働き方改革を妨げてはならない。

いうまでもなく、教員の長時間労働の是正は、教員の労働環境の問題であるだけでなく、教育の質を確保するためにも重要であり、社会全体にとって喫緊の課題である。政府は、教員の長時間労働是正のために本来必要である、教員の業務負担軽減や教員の人員(とりわけ正規教員)の増員に真剣に取り組むべきである。

以上のとおり、日本労働弁護団は、教員の長時間労働を放置し、むしろ悪化させる本制度導入には断固として反対する。むしろ政府がやるべきは、労働組合等の労働団体に寄せられる現場の教員はもちろん、多くの市民の声に対して耳を傾け、給特法によって業務遂行を「労働」とは認めていない現状の抜本的な見直しと改善である。

以 上