公務の民間化をめぐる問題

2007/10/7

1 「小さな政府」により進行する公務の民間化

 政府は新自由主義的国家改造の主要な柱として「小さな政府」化を進めている。2006年には、総人件費を10年で対GDP比2分の1削減し、公務員数を5年で5%以上削減(自治体は4. 6%以上削減)し、特定型独立行政法人を非公務員化することなどを内容とする「簡素で効率的な政府を実現するための行政改革の推進に関する法律」(行政改革推進法)及び「競争の導入による公共サービスの改革に関する法律」(市場化テスト法)が制定された。

 「小さな政府」作りの手法は、まず「企画」と「実施」を分離し(中央省庁等改革基本法4条4号)、「企画」部分については公務員が直接担うものの、そこに民間営利企業の手法を導入していく「内部的民間化」と、「実施」部分についてはできるだけ民間にアウトソーシングしていく「外部的民間化」の、二つの側面からの「公務の民間化」に特徴づけられる。ちなみに、安倍内閣が参議院内閣委員会の採決を省略するという異例の「中間報告」という手法で成立に持ち込んだ国公法改正は、官民交流の拡大(というよりは官財一体化)と成果主義の導入を柱とするもので、「内部的民間化」の例である。

 これを推進するイデオロギーが、国・自治体を企業と同視し、国民・住民は「顧客」ないし「消費者」と位置づけ、コスト(人件費等)を削減して価格に見合った品質のサービス提供(Value For Money)をめざすべきとするNPM(New Public Management)である。ここでは、労働者はコストとしか把握されない。また、PPP(Public Private Partnership 公私協働)という概念も強調されている。新しい公共空間は公務員・民間企業・NPO・ボランティアなどが協働して担うべきとの主張である。それは民主主義の装いをまとってはいるものの、その本質は低賃金労働力への置き換えであることに注意が必要である。

2 「市場化」される公務

 「外部的民間化」は「公務の市場化」でもある。財界は、余剰資本の投下先としてこの分野に並々ならぬ関心を持っており、「官製市場」、「パブリックビジネス」ともてはやしている。こうした財界の要求を受け入れて、この数年間に、PFI法、地方自治法(公の施設の指定管理者制度・244条の2、行政財産への私権設定の拡大・238条の4など)、そして「公共サービス改革法」(市場化テスト法)などが制定ないし改正され、「官製市場」への参入を容易にするための法的ツールが整備されてきたところである。

3 独立行政法人

 独立行政法人(独法)は、「国民生活及び社会経済の安定等の公共上の見地から確実に実施されることが必要な事務及び事業であって、国が自ら主体となって直接に実施する必要のないもののうち、民間の主体にゆだねた場合には必ずしも実施されないおそれがあるもの又は一の主体に独占して行わせることが必要であるもの」を担うための法人である(独立行政法人通則法2条。地方独立行政法人法も類似の定義規定を置いている)。それは、財源を国や自治体に依拠していることからも明らかなように、厳密な意味でのアウトソーシングではない。

 骨太方針2007では、国のすべての独法(101法人)を対象に、民営化等を検討し、「独立行政法人合理化計画」を年内を目途に策定するとされている。同時に、「存続する法人については、そのすべての事務・事業について市場化テスト導入の検討対象とする」とされており、いよいよ「市場化のワンステップ」であることが明らかとなってきている。ちなみに、現在101法人のうち8法人が特定型(公務員型)、93法人が一般型(非公務員型)となっているが(総務省「独立行政法人一覧(平成19年4月1日現在)」)、上記骨太方針では特定型と一般型とを区別しているようにはみえない。しかしながら、これは「国民生活及び社会経済の安定等の公共上の見地から確実に実施されることが必要な事務及び事業」という前掲の定義規定と矛盾するものというほかない。

 他方、地方独法の設立は各自治体の裁量に委ねられているが、公立大学では、2004年の国際教養大学(秋田県)新設を皮切りに、2007年4月時点で、21都道府県7市で独法化が行われ、さらに京都府をはじめ各地で検討が進められている。公立病院では、長崎県江迎町北松中央病院(一般型)、大阪府立病院(特定型)、宮城県立子ども病院(一般型)が独法化され、試験研究機関では、東京都立産業技術センター(一般型)、岩手県立工業技術センター(特定型)、鳥取県産業技術センター(特定型)が独法化されている。また、将来の独法化を展望した組織統合が各地で進められている。

 これら独法では職員の給与水準は低下する一方である。国の独法の平成18年度の職員の給与水準は、対国家公務員指数で前年度比▲0. 1ポイント(事務・技術職員)ないし▲0. 9ポイント(病院医師・看護師)と、下落が続いている(総務省「独立行政法人の役職員の給与等の水準」(平成18年度)」)。

 国立大学法人では、効率化係数による毎年度の運営交付金の削減、これによる研究費削減や教職員の削減、任期制の導入、トップダウンの大学運営などの問題が指摘されているところであるが、公立大学法人でも、同様の問題が指摘されている。国立病院では、独法化に際して賃金職員(日々雇用職員)の雇止めや正規職員の賃金引き下げ等に関して裁判闘争が取り組まれたが、全部敗訴した(東京地判平成18年12月27日)。

 地方独法については、独法化と同時に行われる賃金労働条件の切り下げ、成果主義賃金の導入、自治体から地方独法への派遣職員の取扱いなどが問題となっている。また、今後、法人の廃止や市場化テストにより当該業務がなくなることによる免職・解雇が発生することも懸念される。

4 公の施設の指定管理者制度

 2003年に導入された公の施設の指定管理者制度は、施設の管理権と中身の業務を丸ごと営利企業に委ねることを可能とするものである。各企業は、初期投資の要らない安全な参入分野として、あるいは、PFIと結合させて大きなビジネスチャンスとして、参入を進めている。もっとも、最初の指定はとりあえず従来の外郭団体にした自治体も多く、総務省調査によれば、平成18年9月2日時点で指定管理者制度が導入された6万1, 565施設のうち、株式会社・有限会社は6, 752施設(11. 0%)にとどまっている(これに対し、その後公表された指定管理者の取消事例のうち、50%(34例中17例)を株式会社・有限会社が占めており、その原因も、詐欺行為の発覚、経営破綻・解散や一方的な撤退など、企業の社会的責任が問われるものとなっている)。

 指定管理者の指定期間について法律上の制限はないが、3~5年のケースが多く、2008年4月に再指定時期を迎える施設が多い。そのため、再指定をめぐって外郭団体も熾烈な競争に巻き込まれ、団体解散や大量リストラが懸念される。

5 業務請負

 行政の事業をワンパッケージで業務請負させる方式も併存している(市場化テストも法的には業務請負である)。指定管理者制度が「箱(施設)ごと民間化」なのに対して、業務請負は「中身(業務)だけの民間化」である。かねてより、清掃や警備、あるいは給食調理などを個別に民間委託したり、保育所の運営業務を民間法人に委ねる(いわゆる公設民営方式)などが進行していたが、近年では、たとえば自治体のバックオフィス業務をまるごとアウトソーシングするなど、その範囲も規模も拡大する傾向にあり、人材ビジネス企業などが参入を進めている。

 しかしながら、自治体の業務というものは人権保障や公正性確保の要請があり、専門性が要求されることが多い。そこで水準を維持しようとすれば、自治体職員がどうしても指揮監督をせざるをえないことになるが、この場合、偽装請負の問題を生ずる。自治労連が行った実態調査(2007年4月)によれば、当局側に職業安定法や労働者派遣法の知識が欠如していたり、人材ビジネス企業が「最初は派遣、仕事に慣れたら請負に切替」といった脱法行為を指南しながらも、現実には市職員が指揮命令せざるを得ないなどの実態が浮き彫りになっている。

6 市場化テスト

 市場化テストは、国または自治体の一体の業務を競争入札を通じて業務委託するものである(なお、ここで「テスト」という用語は実は不正確である。いったん民間委託されれば、国または自治体の当該部門は縮小・廃止され、行政が自ら実施するノウハウが失われることになり、結局は市場化への不可逆変化となるおそれが大きいからである)。

 政府は既に2005年度から3分野8事業(ハローワーク、社会保険庁、行刑施設-「美術社会復帰促進センター-」)で「モデル事業」を進め(構造改革特区による東京都足立区の「あだちワークセンター」(官民共同窓口)の職業紹介事業実績(03. 11~06. 3)は、就職件数で官が98. 7%、民(リクルート)が1. 3%、就職1件当たりコストで官が3. 2万円、民は自己就職を加えても12. 2万円であり、モデル事業においても官が圧倒している)、その後、市場化テスト法の成立をうけて「公共サービス改革基本方針」(2006年12月改定閣議決定)において、8分野(①統計調査関連業務、②登記関連業務、③社会保険庁関連業務、④ハローワーク関連業務、⑤公物管理、⑥独立行政法人、⑦窓口関連(申請の受付と引渡)、⑧徴収関連)の各業務を対象にする方針を明らかにしている。07骨太方針では、「都区内のハローワーク2ヶ所での無料の職業紹介について、08年度をメドに市場化テストを行う」としている。

 市場化テスト法は、官民・民間入札の仕組みと個別規制解除(これにより規制を解除されたものを「特定公共サービス」と呼んでいる)を定めるものである。もっとも、法的には、憲法上ないし法律上禁止されない限り、あらゆる業務を対象にすることが可能とされており、たとえば大阪府は、最初に「職員研修業務」と「自動車税事務所の催告事務」を市場化テストの対象とすることにしている。

 市場化テストの下では、従前その公務を担ってきた公務員の雇用が危機にされされる。イギリスでは「企業譲渡(雇用保護)規則」(TUPE, The Transfer of Undertakings(Protection of Employment)Regulations)があり、CCT(サッチャー時代の強制競争入札制度)の下でも職員の雇用を保障する仕組みが一応存在したが、わが国ではこのような法制度は未整備のままである。わずかに、国が市場化テストを行う場合に、省庁間異動の努力義務を課すと共に、再任用されれば退職金計算では期間を通算することが定められているが、これはあくまで任命権者の要請に応じて民間に移籍したあと首尾よく公務員に戻れた場合の話である(戻れる保障はない)。非常勤職員については何の定めもない。自治体についても同様である。

7 公務の市場化と労働者の雇用・権利

 公務が市場化されると、当該部門に従事していた公務労働者は、(異職種を含む)配置転換をされるか、当該部門を新たに担うことになった民間企業に移籍するか、分限免職ないし整理解雇されるか、ということになる。指定管理者制度については、既に述べたように、2008年4月に再指定時期を迎える施設が多数あるとみられており、従来の指定管理者たる企業・団体が再指定で競争に敗れれば、そこで働く労働者は整理解雇等の危機にさらされる。また、これらの企業・団体の中には競争力を高めるためにあらかじめ賃金労働条件の低下を求めてくるケースもある。

 このような問題の解決のためには当該自治体の関与が不可欠であるが、自治体を労組法上の使用者ととらえて団体交渉により適正な解決を求めようとしても、労組法7条の使用者性をめぐる裁判所や労委の判断傾向から見て、そう簡単ではない(最近の肯定例として栗東市(文化体育振興事業団職員協議会)事件・滋賀県労委平成18年10月27日命令労判925号90頁、否定例として田尻町(社会福祉協議会)事件・中労委平成19年2月21日命令労判935号90頁)。

 他方、直用の公務員が担っていた施設についても、当該業務に従事していた職員を配転せずに分限免職とするケースや、正規職員の雇用だけを守って非常勤職員は雇い止めにするケース(中野区非常勤職員事件・東京地判平成18年6月8日労判920号24頁)も出てきている。

 市場化テストの場合でも構図は同じである。既に見たとおり、国の場合にのみ定められた省庁間異動努力や退職金通算制度には限界があり、職員の分限免職等が発生するおそれは否定できない。

 参入企業(NPOを含む)で働く労働者の雇用労働条件も低下していく。そもそも「公共サービス」はマンパワーに由来するものであるから、そこでコスト削減を図ろうとすれば、いきおいその中心は人件費にならざるを得ない。したがって、受託企業では、パート、アルバイト、契約社員、派遣労働者、業務請負、有償ボランティアなどの不安定雇用労働者が中心的な担い手となろう。そこでは、しばしば「有償ボランティアは労働者ではない」といった誤った運用も横行している。

 このように、こうした公務の市場化は、その影響を受ける労働者数の多さもあいまって、労働者全体の雇用条件を劣化させ、「格差社会」をさらに深刻なものにしていくおそれがある。労働組合とこれを支援する労働弁護士には、こうした労働者を組織化し、その雇用と労働条件を守ることはもちろんのこと、しばしば対置させられる住民に対して公務の市場化の持つ問題を訴えていくことが求められる。

以上